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スコトーマ

盲点。見えているはずなのに、脳が認識していないもの

盲点という語

スコトーマは、ギリシャ語の「暗さ」に由来する語で、眼科では視野の中の見えない部分を指します。目の盲点もスコトーマです。

ここで言うスコトーマには目に入るものだけでなく、耳に入るものや肌に触れるものまで含まれます。

目に入っているのに見ていない。耳に入っているのに聴いていない。人にはそういうことがよくあります。

優先して拾う働き、RAS

人は目や耳に入るものを全部は意識に上げていません。その時に重要なものを優先して拾う注意の働きがあり、これを RAS(網様体賦活系)と呼びます。拾われなかったものは、目の前にあっても意識に上がりません。見えているはずなのに、脳が認識していない。これもスコトーマです。

カクテル・パーティーを例に挙げます。にぎやかな立ち話の会でも、目の前の相手の声は聞き取れます。まわりの声は耳に入っていても、注意を向けた声だけが前に出てくる。そのうえ、遠くで自分の名前が呼ばれるとはっと気づくことがあります。

RASは有能な秘書に喩えられます。迷惑な郵便物を外して、必要なものだけを机に届ける秘書。何が必要かを決めているのは、届けてもらう側の自分です。

何を重要とするか

何を優先して拾うかは、今の自分にとって何が大事かで決まっています。炁-iKI-ではスコトーマの出どころをこの基準に置きます。

コンフォートゾーンの中にいる人にはその外にあるものごとが気づかれにくくなります。今を保つのに役立たない情報は、重要なものとして拾われにくいからです。変わるために要る情報も、見えているはずなのに、脳が認識していない。

今日一日で拾わなかったものは、どれくらいあったでしょうか?

悪いものとは限らない

ここで言うスコトーマは、必ずしも悪いものではありません。本を読んでいるときに周りを気にせず集中できるのも、キャッチボールでボールを見失わないのもスコトーマのおかげです。

全部を拾っていたら何も選べません。落とすこと自体は人が生きていく働きの一つです。気をつけたいのは、自分や物事の評価に関わる所です。そこで要るものまで落としていないでしょうか?

二つのスコトーマ

炁-iKI-ではスコトーマという語を二つの場面で使います。一つは目標や物の見方の側です。行き先までの道筋が見えない、やり方が見つからない、という形で出てくる。もう一つは体の感覚の側です。人に言われて初めて「ここの筋肉、勝手に緊張していたんだ」と気づく。

起きている所は違っても、入ってきているのに脳が意識に上げていないという形は同じです。

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