こうなりたいという姿ははっきりしている。
そこへ行くやり方が分からない。
調べて、本を読んで、人に聞いて、それでも見つからない。
見つからないのは、まだ探し足りないからでしょうか?
人は目に入るものを全部は見ていません。脳にはRAS(網様体賦活系)と呼ばれるフィルターがあり、今の自分にとって重要なものだけを意識に上げています。スコトーマは盲点という意味の語で、目の盲点にもこうして意識に上がらないものにも使います。
今の自分がいる範囲、コンフォートゾーンの外にあるものはスコトーマに隠れます。変わるための道筋はたいてい今の範囲の外にあるので、見えているはずなのに、脳が認識していません。
ここで、やり方をもっと必死に探したらどうなるでしょう?
方法を考え始めると、しなければならないことが次々に入り込んできます。資格を取らなければ。お金を貯めなければ。時間を作らなければ。並べているうちに、なりたい姿の手触りのほうが薄れていく。
心法では順番が逆です。
演じるときにそこへ至る方法は考えず、目標を達成している状態を先に置いてその状態にいる自分として今日を振る舞い、道筋は後から見えてくるという順で進めます。
逆の順は落ち着かないものです。やり方が分からないまま動き出すのは、地図を持たずに歩き出すように感じられる。その落ち着かなさは消えなくて構いません。
今日一つだけ、なりたい姿の自分ならどうするかを選んでやってみてください。それを何日か続けます。
その間に目に留まったものがあれば、それはやり方を探していた頃にはそこにあっても拾っていなかったものです。