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感情に呑まれた人生

それで、良いことありましたか?

2026.8.31

腹が立ったままメッセージを送ったことはありませんか?

言い返してやった。既読を付けたまま返さなかった。いつもより言い方が強くなっていた。机に物を置く音が自分でも分かるくらい大きくなった。相手のことを考えて眠れず、翌日に響いた。

それで、良いことありましたか?

相手は謝ってきましたか?
言い返して気は済んでいますか?
眠れなかった翌日、いつも通りに働けましたか?

私が正しかったのかもしれないし、相手が本当にひどかったのかもしれません。それでも削られたのは私の時間で、私の睡眠で、私の一日ですが、相手は何も損をしていない。

キツいのはここからです。


じゃあやめろと言われても無理でしょう。

感情に消えろと命令して消えるなら誰も苦労していません。赦せとも水に流せとも大人になれとも言うつもりはありませんし、相手が悪かったという事実もそのままにしておいて良いと思っています。

やめるのは感情ではありません。

呑まれたまま動くところです。

腹が立っている。悔しい。情けない。それはあって良いんです。しかし、その状態のまま指が動いてメッセージを送ってしまうと、あとに残るのは自分の後悔になります。自分で決めたつもりでも決めているのはそのときの反応です。

呑まれているかどうかは自分でも分かります。

そこから出てくる行動しか選べていないなら、やはり呑まれている。腹が立ったまま普通にご飯が食べれて仕事にも行けて、関係のない人にちゃんと接することができているなら、それは持っているだけで呑まれてはいません。


だから動く前に一回だけ間を入れてほしいんです。

息を長めに吐いてみてください。それだけで良い。深く吸う必要も長く座る必要もありません。

肩が下りる。噛んでいた奥歯が緩む。腹が動くところまで戻ってくる。ほんの少しで良いので隙間ができます。

その隙間があるときだけ選べます。

送るか、送らないか。
言うか、言わないか。
距離を置くか、置かないか。

選んだ結果が同じでも構いません。呑まれて送ったのと決めて送ったのとでは、残るものが違います。

感情は残っていて良い。赦さなくて良いし忘れなくて良い。

見るのは一点です。その感情が今日の行動まで決めていませんか?

一息、つきませんか?